難波弘之 インタビュー 〜1980年代を振り返って〜
第4回は、現在「30周年プラスワン記念ライヴ」を開催中の難波弘之さんへのインタビューです。取材途中、田辺モットさんも参加され、一部コメントを頂きました。
取材日:2006.12.24、2007.3.23
取材協力:クールコーポレーション
難波弘之公式サイト、田辺モット公式サイト
ベガミュージックエンターテイメントにて、難波弘之作品の試聴可能&ダウンロード購入が可能。
→難波弘之「スワンソング」「ICON」、A.P.J. アルバム「e」、DuoDuo アルバム「DuoDuo」
iTunes Storeでは、A.P.J.「e」、難波弘之プロデュース
S・O・N「光の街」試聴可能&ダウンロード購入が可能。
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ExhiVision 2ndアルバム 近日発売!
写真左より:長谷川浩二(Dr)、永井敏己(Ba)、難波弘之(Key)、和田アキラ(Gt)
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A.P.J.(難波弘之、水野正敏、池長一美)
7/1 桜木町 DOLPHY
7/20 江ノ島 虎丸座
7/21 金沢 もっきりや(vanvan35周年記念 LIVE)
7/22 金沢 VanVan (キーボード、ベース、ドラム の各クリニック)
7/23 大阪 Mr.Kellys
7/24 倉敷 COOKIE JAR
7/25 京都 Live Spot RAG
7/26 名古屋 Bottom Line
7/27 浜松 Merry You
7/28 代官山 晴れたら空に豆まいて
ExhiVision(和田アキラ、難波弘之、永井敏己、長谷川浩二)
8/5 吉祥寺 SILVER ELEPHANT
野獣王国(是方博邦、難波弘之、鳴瀬喜博、小森啓資)...7月レコーディング
8/9 高円寺 JIROKICHI
8/10 京都 Live Spot RAG
GENKI SESSION 2007 〜 久しぶりの夏休みだヨ!全員集合 〜(人見元基、難波弘之、大谷レイブン、ロジャー高橋、水野雅章)
8/24 京都 Live Spot RAG
8/25 名古屋 Electric Lady Land
8/28 吉祥寺 STAR PINE'S CAFE |
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1980年
- 参加作品 -
山下達郎「RIDE ON TIME」
織田哲郎 & 9th IMAGE 「DAY and NIGHT」
SHOODY「TOMORROW'S CHILD」
松原みき「Who are you?」
水口晴之「BLACK OR WHITE」
ザ・キングトーンズ「涙のチャペル」(EP)
サウンドトラック「土曜ナナハン学園危機一髪」
YA YA'S「恋はスクラッチ」
泉洋次「HARDER WE GO」
「プリンス・トンガのテーマ / タイガー戸口のテーマ スリー・パー・ホールド」
など
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いわゆる「ディスコもの」が始まった年ですね。もう前の年ぐらいからやってるかな?YA YA'Sの他に、SHOODYも、ハッスル本多さんがプロデューサーでした。ハッスル本多さんは、浅野ゆう子の「セクシー・バス・ストップ」をヒットさせた方で、当時ビクターでディスコものを多数手がけていた名物プロデューサーでした。
ディスコサウンドと言うと、ベードラが4つ打ちばっかりで(笑)。ドチタチドチタチ。今でも覚えているのは、渡嘉敷祐一がレコーディングで「またディスコ〜?また4つ打ちなの?」と言って、機嫌悪くドラムを叩いていたことですね(笑)。ベースの人は、ずっと「ドデドデドデドデ、ドッデデドッデデドッデデドッデデ」。アイム・セクシーみたいな感じ。「ロッド・スチュワートも、ああいう風にドチタチドチタチになっちゃった」と、みんなで泣いていました(笑)。
とは言うものの、山下達郎もブレイクのきっかけは大阪のディスコですからね(1978年発売のアルバム「GO AHEAD! 」に収録された「BOMBER」がヒット)。今だったら「クラブ」なんだろうけど。
それから、僕はクレジットされていないんだけど、前の年(1979)に、達郎プロデュースのCOOLSのニューヨーク録音に参加して、これが大変だったんですよ。当時、長髪組の僕らとしては、リーゼントがとてもが恐くて。リハスタのドアを開けたら、「(低い声で)ナンバさんですか〜、よろしく〜」って言われて。演奏中も恐くて、キーボードから顔を上げられないの(笑)。プロデューサーの達郎も遅れて来て、「どうも山下です」「タツローさんですか、よろしく〜」って。達郎も恐いもんだから、二人でうつむきながら演奏してて(笑)。でもやっていく内に仲良くなって、凄くいい人達だってことが分かりました。みんな、とても良い曲を書くしね。
キングトーンズもやりましたね〜。再開発で取り壊しになった霊南坂教会で、パイプオルガンを使ってレコーディングしました。今は、赤坂アークヒルズができます。雰囲気の凄く良いところだったので残念です。
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1981年
- 参加作品 -
難波弘之「パーティー・トゥナイト」
白井貴子「DO FOR LOVING」
角松敏生「Sea Breeze」
松本伊代「センチメンタル・ジャーニー」
竹内まりや「PORTRAIT」
ダディ竹千代&東京おとぼけCats「イデオット・プロット」
三枝成章「ラジエーション・ミサ」
清野由美「Natural Woman」
桐ヶ谷仁「Windy」
阿呆鳥「ドラマチック」
アンジュネッツ「恋のダディ・オー」
片桐圭一「ひとりロンリネス」
など
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1980年の終わりにSense of Wonder(難波弘之、田辺モット、そうる透)を組みました。モットも透も、いきなり全部レコーディングできるかどうか、若干の不安があったので、他のミュージシャンも呼んで録っています。
白井貴子、やりましたね〜。僕がレコーディングで呼ばれるものはファーストアルバムが多くて、白井貴子とか広瀬香美とか、あと角松敏生もそうだし。白井貴子ちゃんは、元祖学園祭の「女王」ですよね。山下久美子よりもちょっと前なのよね。
おとぼけCatsは、ちょっと時代が早すぎたよね。お笑いなんだけど、全員でプレイヤーの真似をやったりとか。「今日はサンボーンさんが来ています」とか。「スティーブ・ガットさんが来ています」って言うと、そうる透がスティーブ・ガットをやったり。「クイーンさんが来ています」っていうと、クイーンってやるだけなんだけど(笑)。最後には、ボーン助谷がパンツを脱いでケツを見せるっていう(笑)。山下達郎も曲を書いたりしてました。和田アキラや桑名晴子もレコーディングに参加してましたね。
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1982年
- 参加作品 -
難波弘之「飛行船の上のシンセサイザー弾き」
難波弘之「キーステーション」(シャープのCM曲)
山下達郎「FOR YOU」
新田一郎・一番「クールが熱い」
サウンドトラック「パタリロ オリジナルアルバム」
サウンドトラック「パタリロ オリジナルアルバム PART-II」
兼崎順一「ナチュラル-E」
さくまあきら「燃えよ!フトリッパー」
松田聖子「CANDY」
坂口良子「シルキー」
COSMOS「BOURBONSUITE」
世良公則「SERA」
「ナイアガラ・トライアングルVol.2」
当山ひとみ「ハートはLAマインド」
松原みき「彩」
伊東ゆかり「ミスティー・アワー」
NHKみんなのうた「コンピューターおばあちゃん」(キングレコード)
など
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う〜ん、結構やってますね〜ホントに。これを1年でやったかと思うと、ゾッっとします(笑)。若いっていうことは、こういうことなんですね。今は、アルバム1枚手掛けるだけでヒーヒー言っているのに(笑)。
坂口良子なんてやったっけ?!これ、覚えてな〜い。坂口良子...、やってるかオレ。持ってないよ〜、これ。欲しいな〜。クレジットされているのね。あら〜。
COSMOSの土居慶子は、今スムースジャズで活躍している松井慶子です。YAMAHAのアイドルキーボードバンドで。それで、Sense of Wonderのライブにゲストで呼んで、3人交代で弾かせたりしてました。
(資料を見ながら)あ〜、この年はこれが続いたんだよ(2/8:ホテルニュージャパン火災発生、2/9:日本航空350便墜落事故)。逆噴射っていう言葉が流行ったんだよね。機長が発作を起こして逆噴射しちゃって、それで羽田空港の手前に墜落したっていう。今でも、海に浮かんでいる飛行機をよく覚えてます。二日続きで起こったので、凄く印象的でした。あ〜、「なぜだ!」っていう言葉も流行ったな〜(9/22:三越・岡田茂社長が取締役会で解任される)。愛人に貢いでいたのがバレちゃって。
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モット:新田一郎さんは、僕がSense of Wonderに居た頃に、ゲストで出てもらったことがあります。
難波:モーツァルトやったり、エリック・サティやったりね。
モット:サティの時は、僕がピアノを弾いたのよ。ドンピャーン、ドンピャーン。あそこしか弾けない(笑)。
写真:Sense of Wonder の初代ベーシストでもある、田辺モット氏。現在も、難波弘之とのセッションライブを多数こなす。
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1983年
- 参加作品 -
難波弘之「WHO DONE IT?」(EP)
映画「里見八犬伝」
アニメビデオ「ダロス」
TBSドラマ「胸さわぐいちごたち」
山下達郎「MELODIES」
新田一郎・二番「残像 アフター・イマージュ」
新田一郎・三番「KOTOBUKI」
サウンドトラック「パタリロ ザ・フィナーレ オリジナルアルバム PART-III」
平野文「CALL ME FUNNY MINX」
平野文「SECOND SERVE」
松本伊代「エンドレス・サマー」
スターボー「STARBOW I・たんぽぽ畑でつかまえて」
田原俊彦「波に消えたラブ・ストーリー」
織田哲郎「VOICES」
村田和人「ひとかけらの夏」
村松邦男「GREEN WATER」
当山ひとみ「Sexy Robot」
小林克也&ザ・ナンバーワン・バンド「プロレスを10倍楽しく見る方法〜今でも豊登を愛しています」
谷山浩子プロデュース「ネコじゃないモン! 」
など
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あ〜里見八犬伝、大変でした。監督が、後に「バトルロワイヤル」を撮った深作欣二さんで。最初、製作サイドがNOBODYに発注したら、その人達が劇伴をやったことがなくて、それで佐久間正英のところに発注が来たんだけど、佐久間も忙しくて、俺にも手伝ってってきたの。ところが、はじめ担当していた助監督が、音楽もタイムもいい加減で、OKをどんどん出したんだけど、後から監督が「絵と音楽を合わせて聴かせろ」って確認したら、全部NGが出ちゃって。スケジュールが間に合わないので、日活スタジオに泊まり込みでレコーディングになっちゃって。オーケストラもスタジオにずっと待たせて、俺が録ってる間に佐久間が譜面を書いて、タッチしたら今度は佐久間が録ってる間に俺が譜面を書いて。ほんと、大変な騒ぎだった。死ぬかと思いましたよ、本当に。スタジオ泊まり込みっていうのは大変でした。若かったからできたけど、そんなこと今だったらできないね〜。
Sense of Wonderのライブに、平野文さんとか、小林克也さんとか、桂文珍とか、ゲスト出演してもらってました。平野文さんには、ステージで「ダーリン」とか「ラムだっちゃ」って言ってもらってました(笑)。
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モット:里見八犬伝のテーマソングって、ジョン・オバニオンが歌ったんですけど、僕がベースを弾いてるんですよ。
難波:あれ、そうなんだ〜。何かしら縁があるな〜。
モット:(織田哲郎「VOICES」のクレジットを見て)あ、和泉宏隆や。懐かし〜。ビーイングに最初に入った時に、キーボードが和泉で、ギターがブッチャー浅野で、俺はベースで、江口信夫がドラムで、その4人でバンドを組まされてやったんですよ。
難波:なんでこの4人で?
モット:いや、会社からなんかやれって言われて(笑)。
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1984年
- 参加作品 -
NTVドラマ「25才たち危ない予感」
FM東京系「ザ・ミュージック」パーソナリティ(〜1986)
サウンドイメージアルバム「真幻魔大戦」
イメージアルバム「グリーン・レクイエム」
安部恭弘「SLIT」
大滝詠一「EACH TIME」
サウンドトラック「BAOH」
水谷圭「ミステリューズ」
KENSO「KENSO(3rd)」
新田一郎・四番「福助」
新田一郎「渡り鳥はぐれ鳥」(EP)
新田一郎・五番「シュミレーション」
サウンドトラック「エリア88 オリジナルアルバム」
小林克也& ザ・ナンバーワン・バンド「ラジオショー」
川島なお美 「銀幕のヒロイン」
竹内まりや「VARIETY」
KEIKO "MYRAH” TOHYAMA「WHAT CAN I DO」
など
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この年は、大滝詠一の仕事が大変だったんですよ〜。EACH TIMEのレコーディングを何回もやるし、1曲録るのに半日掛かるし。(もともと1年前の1983年、大滝詠一の誕生日である7/28に発売するはずであったが、製作過程で不満が生じ、レコーディングを全て破棄したために発売が延期されたという経緯がある。Wikipedia「EACH TIME」より引用)
小林麻美の「雨音はショパンの調べ」(同年11/21発売)は、僕も弾いてるかもしれないな〜。クレジットされてないかもしれません。まあ、この年はちょっと落ち着いてきました。
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1985年
- 参加作品 -
NHK教育TV「ベスト・サウンド」の司会・講師を務める。
難波弘之「ブルジョワジーの密かな愉しみ」
大原まり子「銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ」
村松邦男「ROMAN」
佐々木好「暖暖(Dan Dan)」
マリーン「Be・Pop」
nico「シャドウ」
マリー=クレールジャメ、篠崎史子「ハープinエレガンス」
平野文「Fumiのラムソング」
RUN「BURNING」
アトラス「ハレー彗星」
石川秀美「I」
シュガー「29:00AM」
本田美奈子「M'シンドローム」
川島なお美「SCOOOP!」
など
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「ベスト・サウンド」の映像は、全部事務所にあるので、今アーカイブ化を進めているところです。昨年の30周年の映像イベント(2006年11月19日開催)で、少しだけ見せたりしました。
川島なお美ちゃんは、FM東京の「ザ・ミュージック」にゲストで来てもらってますね。「銀幕のヒロイン」が発売になった時に出てもらったり、あと、松原みきちゃんとか、小林麻美さんとか、平野文さんも。村松邦夫とか、大滝詠一さんとか細野晴臣さんも来てもらいましたね。
この年は、つくば万博(科学万博つくば'85)でも演奏しましたね。4回くらい演奏したかな?FMが入って収録もしました。
小林明子(8/31発売「恋に落ちて」がヒット)は、学習院の軽音の後輩だったんですよ。「カルメン・マキ&OZみたいなハードロックをやりたいんですけど」って相談されて、「今はそういうのは売れないからやめた方がいいよ」ってアドバイスしたら、その後にジャパメタブームが来ちゃって(笑)。ひどいこと言っちゃったな〜って思ってます。ベスト・サウンドでアシスタントをしてた中村あゆみも、ロックで売れちゃったし(「翼の折れたエンジェル」がヒット)。
森村献も学習院の後輩で、世界民謡研究会っていうところにいて。彼が若い頃は、まだラテンをやってなくて、プログレバンドで白いメロトロンとミニモーグを弾いていたんですよ。
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1986年
- 参加作品 -
TBSドラマ「セーラー服通り」の音楽を担当。
難波弘之「N氏の天球儀」
難波弘之「ベストパック難波弘之」
山下達郎「ポケットミュージック」
アトラス「Excursion」
和田加奈子「Tenderness」
嘉門達夫「日常COM'ON!超B級娯楽音楽」
芳本美代子「横顔のフィナーレ」
石川秀美「LOVE COMES QUICKLY〜霧の都の異邦人〜」
西城秀樹「Rain of Dream 夢の罪」(シングル)
今田勝「リバージュ」
甲斐バンド「リピート&フェイド」
スターリン「Fish Inn」
など
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芳本美代子の「横顔のフィナーレ」は僕の曲で、生涯で一番売れた曲ですね。なんと、オリコンで7位になりました。石田ひかりもちょっと売れたんですけど、ここまではいきませんでした。
嘉門達夫の「日常」っていう曲は、「パッヘルベルのカノンみたいな曲にして下さい」って頼まれて編曲しました。でも、間奏は8分の7拍子にしてます(笑)。
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1987年
- 参加作品 -
Sense of Wonder「SYNPHOBEAT」
Sense of Wonder「Rain」(シングル)
サウンドトラック「デジタルデビル物語 女神転生」
アトラス「BREEZE」
竹内まりや「REQUEST」
エポ「GO GO EPO」
「ライヴ!イッツ・ザ・ブルース・ナイト」
鳴瀬喜博「うるさくてゴメンねLIVE」
サウンドトラック「魔境外伝 レディウス」
堀井勝美プロジェクト「HOT IS COOL」
堀井勝美プロジェクト 「AVENUE OF ENTERTAINMENT」
鳴瀬喜博「BASS BAWL」
堺正章コレクション「二十三夜」
爆風スランプ「JUNGLE」
サーカス「A LITTLE LIE」
福永恵規「SAMBO」
など
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この辺から、アニメものが増えるんじゃないかなと。ゲーム関係は翌年からだと思う。
--この頃は、いわゆるアニメオタクはいたんですか?
もちろんいましたよ。もともとSFのグループの中に、アニメとか漫画の子が出てきて、彼らが作ったのがコミケ(コミックマーケット=同人誌即売会)だから。元々は、僕らの仲間が枝分かれしたんですよ。でも、あんなに巨大になるとは、思ってなかったけど(笑)。SFの方は未だに、SF大会とかやっても何千人の規模なんですけど、彼らは何万人と動員しますし。同人雑誌をあそこで売って、あれだけでメシが喰っている人もいるっていうし。
--バブルの頃とそうでない頃は、音楽活動に違いが出るんですか?
いやもう、制作予算が格段に違いました。「ブルジョワジーの密かな愉しみ」(1985)なんて、オーケストラを使っているし、「SYNPHOBEAT」も、いいスタジオを押さえて、時間を掛けてやってましたね。堀井勝美プロジェクトも、レコード会社が同じだったから、同じエンジニアで同じスタジオで録ったんですよ。潤沢に予算があったんだと思いますよ、この頃は。本当にバブリーな時代でした。
(資料を見ながら)天安門事件、あ〜広尾線の廃止、スーパドライって発売されたのこの年なんだ〜。つい最近のような気がする。国鉄の分割・民営化もこの年だったんだね。この頃ですよ。出前でも何でも千円を超えてきて、高いものから売れるっていう(苦笑)。弁当の出前で、2,000円とか3,000円って、今だったら取りたくないよね〜。バブルだったんだね〜。
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モット:僕一回難波さんのレコーディングで、前田美波里のレコーディングを見に行ったことがある。
難波:そう、やったやった。
モット:六本木のソニーのスタジオだっけ?
難波:ソニーじゃなくて、パイオニア。
モット:そうそう、パイオニア。
難波:前田美波里さん、こわかった〜。
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1988年
- 参加作品 -
東京音楽大学講師となる。
Sense of Wonder「AQUAPLANET」
Sense of Wonder「7 1/2<SevenHalf >」(シングル)
三枝成章 with 難波弘之「四季'88」
三枝成章「眼」
ゲームミュージック「ソーサリアン」「イースII」サウンド・プロデュース。
ファルコム「ソーサリアン・スーパー・アレンジ・バージョン」
ファルコム「ソーサリアン・スーパー・アレンジ・バージョンII」
SFアニメビデオ「宇宙の戦士」サウンド・プロデュース。
TOKYO ENSEMBLE LAB「BREATH FROM THE SEASON」
山下達郎「僕の中の少年」
鈴木雅之「RADIO DAYS」
堀井勝美プロジェクト「OCEAN DRIVE」
矢尾一樹「DESTINY 28」
長与千種「どうしたんだ?MYハート」
当山ひとみ「WATCH OUT! 」
石田ひかり「トゥルー」
石田ひかり「恋人達のニュアンス」(シングル)
山本達彦 「ロマンティック・ビュー」
など
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ゲーム多いっすね〜。ゲーム業界が景気が良くて、僕らのレコーディングよりも予算が使えるっていう(笑)。この頃は、3音源のピコピコのゲームミュージックで、「ビビビビビビビビピーピーピーピポポペピー」みたいな(笑)。それを採譜して、スーパーアレンジにして。オーケストラ編成にアレンジしたり、井上大輔に、ナルチョに、つのだ☆ひろに、charに、色んな人を呼んで録りましたね〜。だから、全部僕の作品はスーパーアレンジバージョンと言ってます。元のピコピコの音を生かしたものもあるんだけど、ほとんど作り直しちゃってます。
三枝成章さんと言えば、三枝さん時の11PMに出演したことがあります。サントリーの生CMをやりました。「深く濃く柔らかい、サントリーなんとか」って(笑)。藤本義一さんの時にも、2回くらい出てます。「限りなく透明に近いブルー」の時と、あと、カルメン・マキとライブをやったのかな。
あと、男闘呼組とかラ・ムーのレコーディングに参加してますね。
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1989年
- 参加作品 -
テレビ朝日系「いつか行く旅」
テレビ東京系アニメ「桃太郎伝説」
「プレイヤーズポールポジション1」
ファルコム「ソーサリアン・スーパー・アレンジ・バージョンIII」
ファルコム「PLUS MIX VERSION」
ファルコム「WANDERERS FROM Ys スーパー・アレンジ・バージョン」
Baki「The Inner Gates」
堀井勝美プロジェクト「FRONT AND REAR」
ビデオ「メトロポリス」日本語版
アニメ「GO!レスラー軍団」
ヴァイオリン・スーパー・サミット「Le Mistral」
田原俊彦「TOSHI 10R NEW YORK」
青木智仁「ダブルフェイス」
野沢直子「トン吉チン平カン太」
など
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この年は、手塚治虫さんがお亡くなりになった事が大きく印象に残っていますね〜。
(鈴木雅之「RADIO DAYS」のクレジットを見て)戸田誠司さんって、前のFAIRCHILDですけど、そこでオペレーターをやっていたのが、林くん(林秀幸=現在は難波弘之のオペレーター)なんですよ。YOUちゃんの家の引っ越しまで手伝った(笑)。今、YOUちゃんバラエティで売れてますけどねぇ。
あ〜野沢直子、これはよく覚えてるよ。歌詞はFAXで送られてくるんだけど、当時自宅にFAXがなくて、マンションの管理室のFAXに、「横モレなし!」って出てきて恥ずかしかったなあ(笑)。あと、「バクバクバクバク大和田獏」とか「キンキンキンキン菅井きん」とか(笑)
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モット:難波さんと一緒にやったレコーディングで、難波さんが本名で出てないのがあるよ。名古屋のインディーズのレコーディング、本屋さんの、なんとか列車。
難波:なんだったっけ。
モット:是方さんだけ、「是方博邦」って名前が載ってて。
難波:あ〜、あったあった。
モット:難波さんは違う名前で。俺は、「ミスター・ブルース」になってて(笑)。なんで俺がミスター・ブルースやねんって。
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難波弘之さん、田辺モットさん、楽しいお話ありがとうございました。これからも御活躍を期待しています!
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